こんにちは、神社と日本の神話の月影です。
私は最初、日本神話というものが何なのか、あまりよく分かっていませんでした。ところが、調べていくうちに、学校の歴史の授業で習った『古事記』や『日本書紀』が、日本神話を知るうえで大切な書物だと分かったんです。
それと同時に、ひとつ疑問が生まれました。
なぜ同じような時代に、似た内容の歴史書が二つも作られたのでしょうか。
さらに、その時代の日本を治めていたのは誰だったのか、何のために歴史をまとめようとしたのか。そんなことを考えるようになりました。
古事記と日本書紀は、どちらも日本の神々や天皇の歴史を伝える書物ですが、成立の経緯や文章の書き方、神話の内容には違いがあります。
そして、当時の政治や権力者の立場を意識しながら読むと、単なる神話の物語とは違った面白さも見えてきます。
この記事では、古事記と日本書紀の基本的な違いから、二つの歴史書が作られた理由、神話の内容、初心者におすすめの読み方まで紹介していきます。
記事のポイント
- 古事記と日本書紀の成立年代や編纂者の違い
- 似た歴史書が同じ時代に作られた理由
- 神々の誕生や国譲り神話の内容の違い
- 初心者が古事記と日本書紀を楽しむ読み方
古事記と日本書紀の成立と違い
古事記と日本書紀は、奈良時代の初めに成立した日本の歴史書です。どちらも神々の時代から物語が始まるため、同じような本だと思われがちですが、実際にはかなり性格が異なります。
まずは成立年代や編纂に関わった人物、収録されている内容を比較してみましょう。
どんな本かを一覧で比較
古事記と日本書紀の大きな違いを、表にまとめました。
| 比較項目 | 古事記 | 日本書紀 |
|---|---|---|
| 成立年 | 712年 | 720年 |
| 完成時の天皇 | 元明天皇 | 元正天皇 |
| 主な編纂者 | 太安万侶 | 舎人親王ら |
| 巻数 | 全3巻 | 全30巻 |
| 記録の範囲 | 神代から推古天皇まで | 神代から持統天皇まで |
| 文章 | 日本語の表現を生かした漢字表記 | 漢文による記述が基本 |
| 構成の特徴 | 神話や伝承を物語としてつなぐ | 年代順に歴史を記す |
| 歴史書としての位置づけ | 成立目的に諸説がある | 国家の正式な歴史書 |
| 神話の特徴 | 一連の物語として描かれる | 異なる伝承も併記される |
古事記が712年、日本書紀が720年に成立しているので、その差はわずか8年です。
ところが、巻数は3巻と30巻。日本書紀のほうが圧倒的に多く、扱う時代も古事記より後まで続いています。
ただし、巻数が多いから優れている、少ないから内容が薄いということではありません。古事記は物語としてのまとまり、日本書紀は歴史の記録としての構成に、それぞれ特徴があります。
古事記と日本書紀の最も大きな違い
古事記は神話や伝承をひと続きの物語として読む面白さがあり、日本書紀は国家の歴史を年代順に追いながら、異なる伝承まで比較できる書物です。
古事記の成立は712年
『古事記(こじき)』が完成したのは、和銅5年(712年)。元明天皇の時代です。
編纂の中心となった人物として知られるのが、太安万侶(おおのやすまろ)です。ただし、古事記が作られるまでには、もう一人重要な人物が登場します。
それが、稗田阿礼(ひえだのあれ)です。
古事記の序文によると、編纂のきっかけを作ったのは天武天皇でした。当時、皇室や各氏族に伝わっていた帝紀や旧辞と呼ばれる系譜・伝承には、内容の食い違いや誤りがあったとされます。
そこで天武天皇は、それらを正しく後世へ伝えるため、稗田阿礼に内容を覚えさせたと記されています。
しかし、天武天皇の時代には完成しませんでした。その後、元明天皇の命を受けた太安万侶が、稗田阿礼の伝えていた内容を筆録し、712年に献上したとされています。
つまり、古事記は突然生まれた書物ではなく、天武天皇の時代に始まった編纂の構想が、次の時代へ引き継がれて完成したものというわけです。
古事記は上巻・中巻・下巻の3巻から成り、上巻では天地の始まりから神々の物語、中巻では神武天皇から応神天皇、下巻では仁徳天皇から推古天皇までが描かれています。
なお、稗田阿礼の役割などは古事記の序文に基づく説明です。序文そのものが成立事情を伝える重要な史料である一方、その記述をどのように評価するかは研究の対象にもなっています。
古事記の成立や伝来については、国立公文書館「歴史と物語・古事記」でも紹介されています。
日本書紀の成立は720年
『日本書紀(にほんしょき)』が完成したのは、養老4年(720年)。元正天皇の時代です。
中心となって編纂を進めたのは、天武天皇の皇子である舎人親王(とねりしんのう)でした。
ただし、舎人親王が一人で書き上げたわけではありません。紀清人や三宅藤麻呂など、複数の人物が編纂に関わったとされています。
日本書紀の編纂につながる動きは、681年に天武天皇が皇族や官人に歴史の編修を命じたことまでさかのぼります。
その後、長い年月をかけて完成したのが日本書紀です。古事記と同じく、出発点に天武天皇の時代が関係しているところは興味深いですよね。
日本書紀は全30巻で構成され、最初の2巻には神代の物語が収められています。そして第3巻以降は、神武天皇から持統天皇までの出来事が記録されています。
古事記が推古天皇の時代で終わるのに対し、日本書紀は持統天皇の時代まで記述が続いているのも特徴です。
さらに日本書紀は、中国の歴史書にならった漢文で書かれ、出来事を年月の順に記す編年体という形式を採用しています。
これは単に昔の出来事を集めた本ではありません。日本という国家が、どのような歴史を歩んできたのかを記録する目的を持った、最初の勅撰国史として位置づけられています。
詳しい成立事情や編纂に使用された史料については、国立公文書館「歴史と物語・日本書紀」も参考になります。
同じ時代に二冊作られた理由
ここは私が古事記と日本書紀に興味を持った大きな理由でもあります。
日本書紀が完成したのは、古事記のわずか8年後です。しかも、どちらも天武天皇の時代の動きと関係しています。
だったら、一冊だけでよかったのではないでしょうか。
この疑問を考えるには、7世紀後半から8世紀初めの日本が、どのような状況だったのかを知る必要があります。
当時の日本では、天皇を中心とする政治制度が形作られていました。672年には壬申の乱が起こり、天武天皇が即位。その後、律令制度に基づく国家の仕組みが整えられていきます。
国内では皇室や有力氏族の関係を明らかにする必要があり、国外では中国や朝鮮半島の国々との関係もありました。
そうした状況を考えると、自分たちの国がどのように始まり、誰が統治してきたのかを示す歴史書には、大きな意味があったと考えられます。
古事記については、皇室の系譜や諸氏族との関係をまとめる役割があったという見方があります。また、宮廷内部で読むことを想定した書物だったという説もあります。
一方、日本書紀は国家の正式な歴史書として、対外的な視点も意識して編纂されたと考えられています。
ただし、「古事記は国内向け、日本書紀は外国向け」と完全に分けてしまうのは単純すぎます。古事記の具体的な読者や成立目的には諸説があり、すべてが解明されているわけではありません。
それでも、同じような神話を記録しながら書き方や構成が異なるという事実は、両書が同一の役割を持っていたとは限らないことを示しています。
巻数と文章の書き方の違い
古事記と日本書紀を実際に読み比べると、内容だけでなく文章の印象も違います。
古事記は、漢字を使いながら日本語の語順や発音などを表そうと工夫して書かれています。純粋な現代日本語ではありませんが、当時の日本語の表現を伝えることにも重きを置いている書物です。
神々の会話や行動、歌謡なども登場し、物語として読んでいくと登場人物の性格や感情が印象に残ります。
例えば、須佐之男命が問題を起こしたり、大国主神がさまざまな試練を乗り越えたりする場面です。神々が遠い存在というだけではなく、ときには人間のように感じられるところがあります。
一方、日本書紀は漢文を基本としており、中国の歴史書に似た文章の形式を採用しています。年月日や政治上の出来事、天皇の事績などが記録され、歴史を順番に追いやすい構成です。
また、日本書紀の神代巻には「一書曰(あるふみにいわく)」という表現が繰り返し登場します。
これは、ある別の書物にはこのように記されている、という意味です。
日本書紀では、一つの神話について本文とは異なる伝承も紹介しているため、神の生まれ方や登場人物の役割が複数示されることがあります。
古事記が一連の物語をたどりやすいのに対し、日本書紀では、同じ出来事にも異なる伝え方があったことを知ることができるんです。
そのため、物語の展開を楽しむなら古事記、複数の伝承や歴史上の記録を比較したいなら日本書紀という読み方が向いていると思います。
誰の視点で書かれた歴史なのか
古事記と日本書紀を読むとき、私が特に意識するのが、誰の立場から書かれた歴史なのかという点です。
どちらも天皇を中心とする系譜や歴史を伝える書物です。そのため、当時の政治的な事情や、天皇の支配の由来を説明しようとする考え方が反映されている可能性があります。
例えば、天照大御神から天孫へとつながる神話は、皇室の祖先に関する伝承として重要な意味を持っています。
また、国譲りの物語では、地上を治める神と天上の神々との関係が描かれます。こうした神話を、古代国家の成立や支配の正統性という観点から読み解く研究もあります。
ただし、古事記や日本書紀に書かれた内容が、すべて意図的に作られたものだと決めつけることもできません。
編纂以前から存在したと考えられる伝承や、各地域・氏族に伝わっていた神話も関係しているからです。
つまり、古くから伝わる物語を受け継ぐ側面と、それらを当時の国家の歴史としてまとめる側面の両方があるわけですね。
私自身、古事記や日本書紀を読んでいると、当時の権力者にとって都合のよい形で歴史がまとめられた部分もあったのではないか、と考えることがあります。
もちろん、それは個々の記述を検討せずに断定できる話ではありません。それでも、「誰が、いつ、何のために書いたのか」を意識すると、同じ神話でも違った見え方をしてくるのは確かです。
そして、日本神話の系譜が気になる場合は、日本神話の家系図と天照大神から天皇までのつながりも一緒に読んでみてください。
古事記と日本書紀の神話と読み方
成立事情が分かったところで、今度は物語の中身を比べてみましょう。
古事記と日本書紀には、天地の始まり、神々の誕生、国譲り、天孫降臨など、共通する神話が数多く収められています。ただし、登場する神の名前や物語の展開まで、すべて同じというわけではありません。
具体的な場面を比べると、それぞれの特徴が分かりやすくなります。
天地の始まりと最初の神
日本神話は、世界がどのように始まったのかという壮大な物語から始まります。
古事記の冒頭では、天地が初めて開けたとき、高天原に天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)が現れます。
続いて高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、神産巣日神(かむむすひのかみ)が現れ、この三柱は造化三神と呼ばれています。
さらに宇摩志阿斯訶備比古遅神と天之常立神が現れ、最初の五柱が別天津神として扱われます。
一方、日本書紀の神代巻では、天地の始まりに国常立尊(くにのとこたちのみこと)が現れる記述が本文にあります。
つまり、古事記と日本書紀では、天地の始まりに登場する神の順番が異なるのです。
これを知らずに日本神話の解説を読んでいると、「最初の神様は天之御中主神と書かれていたのに、別の本では国常立尊になっている」と混乱するかもしれません。
しかし、どちらかが単純に間違っているわけではありません。異なる伝承や、それぞれの編纂方針によって、物語の始まり方が違っているのです。
さらに、日本書紀には本文とは別の伝承も収められているため、最初の神について考えるときには、どの記述を参照しているのかも重要になります。
この違いは、古事記と日本書紀を比較する面白さがよく表れている部分だと思います。
古事記に登場する最初の神々について詳しく知りたい方は、日本神話で最初に現れた神と造化三神・別天津神の解説も参考にしてください。
天照大神の誕生の違い
古事記と日本書紀の違いがよく分かる例として、天照大神の誕生があります。
古事記では、黄泉の国から戻った伊邪那岐命が、身についた穢れを落とすために禊を行います。
そのとき左目を洗うと天照大御神、右目を洗うと月読命、鼻を洗うと建速須佐之男命が生まれたとされています。
三柱の貴い神が、伊邪那岐命の禊によって誕生する場面です。
ところが、日本書紀の神代巻の本文では、伊弉諾尊と伊弉冉尊が神々を生む中で、天照大神が誕生します。
つまり、古事記では伊邪那岐命の禊から生まれ、日本書紀の本文では伊弉諾尊と伊弉冉尊の二神から生まれたことになっているんです。
ただし、日本書紀にも、伊弉諾尊が左目を洗ったときに天照大神が生まれるという、古事記に近い別伝が収録されています。
このため、「古事記と日本書紀では天照大神の生まれ方が完全に違う」と言い切るのも正確ではありません。
日本書紀には複数の伝承が残されているので、本文と別伝を分けて読む必要があります。
神様の名前の表記にも違いがある
古事記では「天照大御神」、日本書紀では「天照大神」と書かれることがあります。また、イザナギやスサノオなども、書物によって漢字表記が異なります。同じ神を指していても、表記が違う場合があることを覚えておくと読みやすくなります。
私は、こうした違いを見ると、古代の人々が神々について一つの決まった物語だけを伝えていたわけではないことが感じられます。
各地にさまざまな伝承があり、その一部が古事記や日本書紀の形で後世へ残されたのかもしれません。
国譲りの神話と神社のつながり
古事記と日本書紀を読んでいて、神社巡りとのつながりを感じやすいのが国譲りの神話です。
国譲りとは、大国主神が治めていた地上の国を、天照大御神たち天上の神々の側へ譲ることになる物語です。
古事記では、建御雷神(たけみかづちのかみ)が天鳥船神とともに地上へ派遣され、大国主神との交渉に当たります。
その過程では、大国主神の子である事代主神や建御名方神も登場します。建御名方神との力比べの場面は、特に印象に残るところです。
一方、日本書紀の神代巻本文では、経津主神(ふつぬしのかみ)が重要な役割を担い、武甕槌神も加わって国譲りを進めます。
ここでも、共通する物語でありながら、神々の役割や登場の仕方が異なります。
そして、この国譲りの神話に登場する武甕槌神を祀っているのが、茨城県の鹿島神宮です。経津主神は千葉県の香取神宮の御祭神として知られています。
神話の中に登場する神々が、現在も実際の神社で祀られているわけですね。
鹿島神宮の境内には、地震を起こす大鯰を押さえているという伝承で知られる要石もあります。
もちろん、要石に関する伝承と古事記や日本書紀の国譲り神話が、そのまま同じ物語というわけではありません。
それでも、一柱の神様にさまざまな神話や地域の伝承が結びついていることが分かります。
私は神社巡りをしていると、御祭神の名前を知るだけで、その神社の見え方が変わることがあります。
社殿や鳥居を見るだけでも神社巡りは楽しいものですが、神様の物語を知っていると、境内を歩きながら昔の伝承に思いを巡らせることもできます。
ほかにもさまざまな神々が登場するので、日本神話の神様一覧とそれぞれの役割を見ながら、気になる神様を探してみるのもおすすめです。
古事記と日本書紀は史実なのか
古事記や日本書紀を読んでいると、「ここに書かれている出来事は本当にあったのだろうか」と考えることがあります。
特に神々が天地を生み出したり、人間のように会話したりする場面は、現在の歴史学で確認できる出来事とは性格が異なります。
そのため、古事記と日本書紀に記されている内容を、すべて史実として受け取ることはできません。
一方、神話だから歴史を学ぶうえで意味がないというわけでもありません。
これらの書物には、皇室や氏族の系譜、古代の政治、外交、儀式、地名、歌謡など、さまざまな情報が残されています。
特に日本書紀の後半では、朝廷の記録や中国・朝鮮半島の史料とも関係する記述が増えていきます。
ただし、年月日が書かれているからといって、記述のすべてが現代の研究で確認されているわけではありません。
歴史上の出来事を考える際には、考古学の成果やほかの文献との比較も必要になります。
神話と歴史を分けて考える
古事記と日本書紀を楽しむうえで大切なのは、神話として語られる出来事と、歴史的に確認できる事実を区別することだと思います。
例えば、国譲り神話は、古代の政治的な関係や支配の正統性を考える材料になることがあります。しかし、神話に描かれた交渉が、そのまま現実に行われたと証明されているわけではありません。
同じように、神社の創建に関する由緒にも、古代の神話や伝承に基づくものがあります。
それらは神社にとって大切な伝承ですが、現在の研究によって確認できる創建年代とは分けて考える必要があります。
歴史上の事実と伝承は区別が必要
古事記・日本書紀の内容を、すべて実際に起きた出来事として扱うことは避けましょう。特定の記述の歴史的な評価については、考古学や文献史学の研究成果を確認し、必要に応じて専門家の解説を参考にしてください。
個人的には、歴史的な事実かどうかだけに注目するよりも、なぜそのような物語が伝えられたのかを考えるのも面白いと思っています。
当時の人々が何を大切にし、神々や天皇をどのように捉えていたのか。そうした考え方を知る手がかりとしても、二つの書物には価値があるのではないでしょうか。
古事記と日本書紀の読み方
古事記や日本書紀を読んでみたいと思っても、原文をいきなり読むのは簡単ではありません。
古事記には古い日本語を漢字で表現した部分があり、日本書紀は漢文が基本です。現在の日本語とは文章の仕組みが違うため、慣れていないと一文を理解するだけでも時間がかかります。
そこでおすすめなのが、現代語訳から読み始める方法です。
現代語訳なら神々の会話や物語の流れがつかみやすく、専門知識がなくても読み進められます。
さらに、原文や注釈が掲載された本を選べば、気になった場面を詳しく調べることもできます。
古事記を読むための書籍
古事記を本格的に読んでみたい場合は、『新版 古事記 現代語訳付き』(中村啓信訳注・角川ソフィア文庫)という選択肢があります。
この本には原文、読み下し文、現代語訳などが収録されており、内容を比較しながら読むことができます。
ただし、初めて日本神話に触れる方にとっては、神様の名前が次々と登場するだけでも大変かもしれません。
そんな場合は、神話のあらすじを紹介した入門書や漫画を先に読んで、物語全体の流れを知っておくと入りやすいですよ。
日本書紀を読むための書籍
日本書紀を読んでみたい場合は、『日本書紀(上・下)全現代語訳』(宇治谷孟訳・講談社学術文庫)があります。
全30巻に及ぶ日本書紀を現代語で読むことができ、神話だけでなく、歴代天皇の時代や古代国家の出来事についても知ることができます。
ただし、日本書紀は扱う範囲が広いため、最初から最後まで一気に読む必要はありません。
天照大神や国譲りに興味があるなら神代巻から、飛鳥時代の政治に興味があるなら歴代天皇の記述からというように、関心のある部分を選んでもよいと思います。
なお、書籍の版や価格、販売状況は変更されることがあります。正確な書誌情報や購入条件は、出版社の公式サイトなどで確認してください。
どちらから読むのがおすすめか
古事記と日本書紀のどちらを先に読めばよいのか。これは、何を知りたいかによって答えが変わります。
日本神話の物語を楽しみたいのであれば、私は古事記から読むことをおすすめします。
古事記は天地の始まりから、イザナギとイザナミの国生み、天照大御神や須佐之男命の物語、大国主神の国造りや国譲りへと続いていきます。
神々の行動や会話にも注目しながら読むと、物語全体の流れを追いやすいんです。
一方、日本の古代国家の成立や政治、歴代天皇の出来事に興味があるなら、日本書紀が向いています。
年ごとの出来事が記されているため、ほかの歴史資料と比べながら読む楽しさがあります。
私がおすすめしたいのは、まず古事記で日本神話の大まかな流れを知り、そのあと日本書紀で同じ場面を読み比べる方法です。
例えば、天照大神の誕生や国譲りについて古事記を読み、日本書紀ではどのように描かれているのかを確認してみる。それだけでも新しい発見があります。
神話全体の流れを先に知りたい場合は、日本神話のあらすじと物語の流れも読んでみてください。
◆月影のワンポイントアドバイス
古事記と日本書紀は、最初から全巻を読破しようとしなくても大丈夫です。私は気になる神様や神社があると、その神様が登場する物語を調べたくなります。神社巡りで興味を持った神様から読み始めるのも、楽しい方法だと思いますよ。
また、神様の名前には複数の漢字表記があり、現代語訳でも訳者によって表現が違うことがあります。
一冊の説明だけで分からない部分があっても、別の訳や解説を読んでみると理解できる場合があります。
覚えようとするより、気になった場面に何度も戻ってみる。そのくらいの気軽さで読み始めるのがおすすめです。
古事記と日本書紀のよくある質問
Q1. 古事記と日本書紀はどちらが古いですか?
A. 古事記のほうが古い書物です。古事記は712年、日本書紀は720年に成立したため、古事記が8年先に完成しています。ただし、両書とも編纂につながる動きは天武天皇の時代までさかのぼります。
Q2. 古事記と日本書紀はどちらが正しいですか?
A. どちらか一方がすべて正しいとは言えません。両書には神話や歴史に関する異なる記述があり、それぞれの成立事情や編纂方針を考える必要があります。歴史上の出来事については、ほかの文献や考古学の成果も参考に判断することが大切です。
Q3. 古事記と日本書紀をまとめて何と呼びますか?
A. 古事記と日本書紀は、まとめて「記紀(きき)」と呼ばれます。古事記の「記」と日本書紀の「紀」を合わせた呼び方です。「記紀神話」という場合は、主に両書に収められた神話を指します。
Q4. 古事記と日本書紀は誰が作ったのですか?
A. 古事記は、元明天皇の命を受けた太安万侶が、稗田阿礼の伝えていた内容を筆録したと序文に記されています。日本書紀は、舎人親王を中心として複数の編纂者が関わり、元正天皇の時代に完成しました。
Q5. 初心者はどちらから読むとよいですか?
A. 日本神話の物語を楽しみたいなら、古事記の現代語訳から読むのがおすすめです。古代の政治や歴史に興味がある場合は、日本書紀も向いています。まず古事記で物語の流れを知り、日本書紀で同じ場面を比較すると、それぞれの特徴が分かりやすくなります。
古事記と日本書紀の違いまとめ
古事記と日本書紀は、どちらも日本の神話や歴史を知るうえで欠かせない書物です。
成立した時代は近いものの、編纂に関わった人物や文章の形式、収められている時代、神話の描き方には違いがあります。
- 古事記は712年に成立した全3巻の歴史書
- 日本書紀は720年に成立した全30巻の勅撰国史
- 古事記は神々の物語をひと続きで読みやすい構成
- 日本書紀は年代順に歴史を記し、異なる神話の伝承も収録
- 両書とも古代の皇室や国家のあり方と深い関係がある
- 初心者は古事記の現代語訳から読み始めるのがおすすめ
私が特に面白いと思うのは、古事記と日本書紀が同じような時代に作られているということです。
なぜ二冊の歴史書が必要だったのか。なぜ同じ神様の誕生が異なる形で伝えられているのか。そして、当時の権力者はどのような歴史を後世に残そうとしたのでしょうか。
もちろん、すべての疑問に明確な答えがあるわけではありません。
それでも、そうした疑問を持ちながら読んでいくと、古事記や日本書紀は単なる昔話ではなく、当時の人々の考え方や古代国家の姿を知るための興味深い書物になってきます。
神社巡りが好きな私にとっては、そこに登場する神々が現在も各地の神社で祀られていることも、大きな魅力です。
神話を読んでから神社へ行くと、以前とは少し違う景色が見えてくるかもしれません。
あなたも気になる神様や物語があれば、ぜひ古事記と日本書紀を読み比べてみてください。