こんにちは。神社と日本の伝統文化、運営者の「月影」です。
お正月が過ぎると気になり始めるのが、お供えしていた鏡餅の行方ではないでしょうか。
「鏡開き」という言葉は知っていても、具体的にいつ行えばいいのか、固くなったお餅をどうやって食べるのが正解なのか、迷ってしまうこともありますよね。
実は、この鏡開きに由来する食べ物には、単なる季節の習慣以上の深い意味や、地域によって全く異なる面白いルールが隠されているんです。
関東と関西での違いや、ぜんざいとお汁粉の呼び名の不思議など、知っておくと誰かに話したくなる豆知識がたくさんあります。
鏡開きに由来する食べ物の意味と歴史

鏡開きという行事は、ただお正月が終わったからお餅を片付ける、という事務的な作業ではありません。
そこには、お正月の間に私たちの家に来てくださった年神様をお送りし、日常へと戻っていくための大切な祈りが込められています。
まずは、鏡開きに由来する食べ物をいただくことの本来の意味や、そこに隠された歴史的な背景について、少し掘り下げて見ていきましょう。
神様の力を頂く直会という儀式
神社の行事やお祭りにおいて、実は一番最後に行われる「食べる」という行為がとても重要だということをご存知でしょうか。これを専門用語で「直会(なおらい)」と呼びます。
私たちが神社でお祓いを受けたり、お祭りに参加したりするとき、最も重要なのは神事そのものだと思いがちですが、神道においては「神様にお供えしたものを下げて、参列者全員でいただく」ところまでがワンセットの「祭り」なんです。これを「神人共食(しんじんきょうしょく)」といいます。
神様にお供えした食べ物(神饌・しんせん)には、神様の霊力が宿ると考えられています。お正月の鏡餅は、まさに年神様へのお供え物であり、神様の魂が宿る依り代そのものです。
それを私たちが体内に取り込むことで、神様と一体になり、その強い力を分けていただくことができるのです。この行為によって、私たちは新しい一年の活力を得るとされています。
また、「なおらい」という言葉の語源は「直り合い」だと言われています。これは、お祭りという神聖で緊張感のある「非日常(ハレ)」の状態から、普段の生活である「日常(ケ)」の状態へ「直る(戻る)」プロセスを意味しています。
つまり、鏡開きで鏡餅を食べることは、お正月という神様の特別な時間から、人間の日常の時間へと戻るための大切な「スイッチ」の役割を果たしているんですね。
もし鏡餅を食べずに終わってしまったら、気持ちの上でお正月がいつまでも終わらない、なんてことになってしまうかもしれません。
鏡餅を食べる重要な宗教的義務

鏡餅は、お正月の間、年神様の魂が宿る「依り代(よりしろ)」としての役割を果たしています。つまり、あのお餅そのものが神様の仮の姿であり、居場所だったわけです。
鏡餅の丸い形は、人間の魂(心臓)や太陽を模しているとも言われ、神聖な力が凝縮された物体として扱われます。
そのため、鏡開きにおいて最もやってはいけない最大のタブーは、鏡餅を食べ残したり捨てたりすることです。どんなに乾燥してひび割れていても、カビが生えないように管理し、最後まで食べきることが求められます。
古くから「歯固め」という言葉があるように、固いものを食べて歯を丈夫にし、健康長寿を願う意味も含まれています。
神様の力が宿ったお餅を、最後の一欠片まで残さず体に取り込むことによって、新しい一年の無病息災や生きる力を得ることができるのです。
逆に言えば、鏡餅を粗末に扱うことは、せっかく来てくださった年神様の力をドブに捨てるようなもの。鏡餅を食べることは、単なる食事やオヤツではなく、お正月行事を締めくくるための宗教的な「義務」とも言える大切な行為なんですね。
私も毎年、小さなお餅の欠片も無駄にしないようにありがたくいただいています
刃物は厳禁である切腹と開くの由来

「鏡開き」という名前、よく考えると不思議だと思いませんか?
お餅を割るのに「開く」という言葉を使っていますよね。物理的にはどう見ても「割る」や「砕く」なのに、なぜわざわざ「開く」と言うのでしょうか。
実はこれには、江戸時代の武家社会の事情が深く関わっています。
平安時代の頃は「餅鏡」などと呼ばれ、神聖なものとして扱われていましたが、武士の時代になると、刃物を使って丸いお餅を切る行為は、「切腹」を連想させるとして、厳しく忌み嫌われるようになりました。
武士にとって切腹は名誉ある死に方である一方、祝いの席でそれを連想させることは最大の不吉だったのです。
そこで、刃物を使わずに手や木槌で叩いて割るようになったのですが、今度は「割る」という言葉自体も「別れる」「砕ける」に通じて縁起が悪いとされました。
そこで、日本人の得意な「言霊(ことだま)」の知恵が働きます。「運が開ける」「末広がりである」という意味を持たせた、非常にポジティブな「開く」という言葉をあてるようになったのです。
現在でも、鏡開きでは包丁を使わず、木槌で叩いて割ったり、少し温めて手で欠き取ったりするのが正式な作法とされているのは、この武家社会のタブーと縁起担ぎの名残なんですよ。
言葉一つにも、先人たちの「良い一年にしたい」という切実な願いが込められているんですね
鏡開きはいつ?関東と関西の日付

「鏡開きって1月11日じゃないの?」と思っている関東の方、「いやいや、1月15日か20日でしょ?」と思っている関西の方。実はどちらも正解なんです。この日付の違いにも、歴史的な理由があります。
| 地域 | 日付 | 由来・背景 |
|---|---|---|
| 関東 | 1月11日 | 徳川幕府の3代将軍・家光公の月命日(20日)を避けるために早められたと言われています。 |
| 関西 | 1月15日 または20日 | 古くからの「松の内(15日まで)」の習慣や、お正月を締めくくる「二十日正月」の伝統が残っています。 |
もともと鏡開きは、古い暦では「二十日正月(1月20日)」に行われるものでした。
しかし、江戸時代に関東を中心に徳川幕府の影響力が強まると、3代将軍・徳川家光公が亡くなった4月20日の「20日」という数字を忌み嫌い、祝事である鏡開きをこの日からずらす動きが出ました。
そこで、商家の「蔵開き」の日である1月11日に合わせて鏡開きを行うようになったと言われています。
一方、京都や大阪を中心とする関西では、古くからの伝統を重んじる傾向があり、「松の内(門松を飾っておく期間)」が明ける1月15日、あるいは本来の二十日正月である1月20日に行う風習が色濃く残りました。
現在では、全国的に1月11日に行うことが多くなっていますが、地域によっては松の内が15日まで続くところもあります。
お正月や松の内の期間についてはこちらの記事で詳しく紹介していますので、自分の住む地域の習慣を確認してみてくださいね。
鏡餅の飾りが持つ家系繁栄の願い

鏡餅の上に乗っている飾りにも、それぞれ深い願いが込められているのをご存知でしょうか。スーパーで売られているパック入りの鏡餅にも小さな飾りがついていますが、あれはただのデコレーションではなく、未来への祈りの形そのものなんです。
飾りの意味
- 大小の丸餅:太陽(陽)と月(陰)を表しています。陰陽のバランスが取れていること、そして「福が重なる」「円満に年を重ねる」ことを象徴しています。
- 橙(ダイダイ):ミカン科の果実ですが、冬になっても実が落ちず、翌年の新しい実と一緒になっても木についていることから、「代々(ダイダイ)」家が栄えるようにという、家系存続への強い願いが込められています。
- 裏白(ウラジロ):シダ植物の一種です。葉の裏が白いことから「腹黒くない(潔白)」を表すとともに、古い葉が落ちずに新しい葉と共存することから、長寿や夫婦円満、生命力の連続性を象徴します。
- 譲り葉(ユズリハ):春になり新しい葉が出てから、古い葉が譲るように落ちていく植物です。この特徴から、親から子へ、子から孫へと、家督や財産が円滑に譲られ継承されていくことを祈念しています。
こうして一つひとつの意味を紐解いていくと、鏡餅というのは単なるお供え物ではなく、「家族がずっと幸せに続いていきますように」「子孫が絶えませんように」という、ご先祖様たちの切なる祈りの塊だということがよく分かります。
鏡開きでこれらを片付けるときも、その意味を噛み締めながら感謝したいものですね。
鏡開きや鏡餅にこんなに深い由来があるなんてびっくり!
鏡開きに由来する食べ物の種類と地域差

さて、ここからは具体的な「食べ物」のお話です。鏡開きで細かく砕かれたお餅は、その後どうなるのでしょうか。おかきやお汁粉など、私たちが大好きなあの味にも、意外なルーツや地域による呼び名の違いがありました。
京都の女房言葉から生まれたおかき
鏡餅を木槌で叩いて割ると、どうしても細かい破片が出ますよね。これを捨てずに集めて、油で揚げたり焼いたりしたものが「おかき」や「あられ」です。現代でもおやつの定番ですが、この名前の由来が京都にあることはあまり知られていません。
「おかき」という可愛らしい響きの言葉、実は室町時代から江戸時代にかけて、京都の宮中(御所)に仕える女性たちが使っていた「女房言葉(にょうぼうことば)」が起源なんです。
彼女たちは、言葉を上品にするために、語頭に「お」を付けたり、語尾を省略したりする隠語を使っていました(「おにぎり」「おでん」などもそうです)。
もともとは、手で欠き取った餅=「欠き餅(かきもち)」と呼ばれていました。これに丁寧語の「お」を付けて「おかき」と呼んだのが始まりです。
江戸時代の京都の記録には、すでに「丸山欠餅(まるやまかきもち)」という名産品が存在していたことが記されています。
鏡餅を加工して保存食にする文化が、単なる家庭の再利用(リメイク)を超えて、商品価値を持つ名産品へと昇華していたことが窺えますね。
ちなみに、「おかき」と「あられ」の違いをご存知ですか?
一般的には大きさの違いで区別され、大きなものを「おかき」、細かく小さいものを「あられ」と呼ぶことが多いようです。どちらも、鏡開きの際に出た大小様々な餅の欠片を無駄にしないための知恵から生まれています。
ぜんざいとお汁粉の違いと地域の定義

鏡開きといえば、温かいあんこと一緒にお餅を食べるのが定番ですが、これを「お汁粉」と呼ぶか「ぜんざい」と呼ぶかで、出身地が分かってしまうことがあります。関東と関西では、定義が驚くほど逆転しているんです。これは食文化のミステリーとも言える面白い現象です。
| 呼び名 | 関東(東日本)の定義 | 関西(西日本)の定義 |
|---|---|---|
| お汁粉 | 汁気があるもの全般 (つぶあん・こしあん問わず) ※つぶあんは「田舎汁粉」、こしあんは「御膳汁粉」と呼び分けることも。 | こしあんを使った汁気のあるもの ※非常に滑らかな汁状のものを指すことが多い。 |
| ぜんざい | 汁気がなく、餅にあんこを添えたもの ※お茶屋さんなどで出るスタイル。 | つぶあんを使った汁気のあるもの ※豆の形が残っているのが特徴。 |
関東の論理では、「汁気があるかどうか」が最大の基準です。汁があれば全部「お汁粉」。対して、汁気がなく餅にあんこを乗せたものを「ぜんざい」と呼びます。
一方、関西の論理では、「豆の粒があるかどうか」が基準になります。粒が残っているものが「善哉(ぜんざい)」、濾(こ)してあって粒がないものが「汁粉」です。ちなみに、関西で汁気のないあんこ餅は「亀山」などと呼ばれたりします。
関西出身の私が東京の甘味処に入って「ぜんざい」を注文したとき、お椀に入った汁物ではなく、お皿に乗ったあんこ餅が出てきて「あれ?汁を忘れられたのかな?」と本気で焦ったことがあります。
旅行先で注文するときは、メニューの写真をよく確認したほうが良さそうね
ぜんざいの発祥が出雲である理由
「ぜんざい」という言葉の語源には諸説ありますが、最も有力で興味深いのが、神々の国・島根県の出雲地方発祥説です。
出雲地方では、旧暦の10月を「神無月(かんなづき)」ではなく「神在月(かみありづき)」と呼びます。全国の八百万の神々が出雲大社に集結し、来年の縁結びや収穫についての会議(神議り・かみはかり)を行うためです。
この期間中に行われる「神在祭(かみありさい)」において、振る舞われていたのが「神在餅(じんざいもち)」という、お餅入りの小豆汁でした。
この「じんざい」という言葉が、出雲弁特有の訛り(ズーズー弁に近い発音)によって「ずんざい」と発音され、それが京都に伝わる過程でさらに変化して「ぜんざい」になったと言われています。
「善哉(よきかな)」という仏教用語の当て字がされたとも言われますが、ルーツを辿れば神道の神事に行き着くというのはロマンがありますよね。
現在でも出雲大社の周辺には多くのぜんざい専門店が並んでおり、「出雲ぜんざい」として名物になっています。
神様が集まる場所で生まれた食べ物だと思うと、鏡開きでぜんざいを食べることで、さらにご利益が増しそうな気がしてきませんか?
揚げ餅や電子レンジを使う現代の調理

鏡開きをする頃には、お餅はカチカチに乾燥してヒビが入っていることも多いです。昔のように火鉢で焼くわけにもいかず、どうやって食べようか悩む方も多いでしょう。でも、その乾燥状態こそが、実は美味しい「揚げ餅」を作る絶好のチャンスでもあります。
乾燥してヒビ割れたお餅は、小さく砕いて油で揚げると、中までサクサクになり、お餅特有の粘り気とはまた違った軽い食感に生まれ変わります。
油で揚げることで、長期間置いておいたお餅の乾燥臭も消え、香ばしさが引き立ちます。塩を振ったり、醤油を絡めたりすれば、子供も大喜びのおやつになります。これは、食材を無駄にしない昔の人の知恵ですね。
また、現代ならではの「電子レンジ」を活用するのも非常に賢い方法です。固くて木槌で割るのが大変な場合、耐熱容器に入れて少し電子レンジで温めると、お餅が柔らかくなり、手で簡単にちぎることができるようになります。
これなら、包丁を使わないというタブーを守りつつ、力の弱い女性や高齢の方でも安全に鏡開きができます。
最近では、栄養バランスを考えて、お正月の料理で疲れた胃腸を休めるために、大根おろしでさっぱりといただく「からみ餅」や、ビタミンCを含むブロッコリーやキャベツと合わせてチーズを乗せた「餅グラタン」など、洋風のアレンジで楽しむのも人気です。
伝統を守りつつ、現代の生活に合わせて無理なく美味しくいただくことこそが、一番の供養になるのではないでしょうか。
二十日正月と骨正月の食文化

お正月の終わりとして、1月20日を「二十日正月(はつかしょうがつ)」と呼ぶ地域があります。
特に関西や西日本に多く残る風習で、この日をもってすべてのお正月行事を終了し、完全に日常に戻るとされています。
この日には、お正月に食べた魚(ブリや鮭など)の骨や頭を、大根や酒粕、野菜と一緒に煮込んで、骨まで柔らかくして食べ尽くす風習があり、これを「骨正月」と呼んだりします。
地域によっては「乞食正月(こじきしょうがつ)」や「アラ正月」など、少し驚くような呼び名もありますが、これらはすべて「食材を徹底的に使い切る」という精神の表れです。
鏡餅を鏡開きで最後まで食べきるのと同じで、「神様にお供えした命(食材)を、粗末にせず骨の髄までありがたくいただく」という、日本人の「始末の精神」がよく表れている食文化だと感じます。
現代のフードロス削減にも通じる、美しい精神性ですよね。鳥取県の一部では、この日に大盛りの「なます」を作って食べる習慣もあるそうで、地域によって正月の締めくくり方は本当に多様です。
鏡開きに由来する食べ物のまとめ

こうして見てくると、鏡開きに由来する食べ物は、単なる冬の味覚というだけでなく、神様への感謝や、家族の幸せを願う祈りが詰まった特別なものであることが分かります。
固くなったお餅を一生懸命割って、家族みんなで温かいぜんざいやおかきを囲む。その時間こそが、神様からいただいた「福」を体に取り込む大切な儀式なのかもしれません。
お餅一つ、小豆一粒にも、先人たちが込めた「今年も家族が元気で過ごせますように」という願いが込められています。今年はぜひ、そんな歴史や意味に思いを馳せながら、鏡開きを楽しんでみてはいかがでしょうか。
※本記事で紹介した日付や風習は一般的なものです。地域や各家庭の伝統によって異なる場合がありますので、地元の神社やご家族に確認してみるのもおすすめですよ。