こんにちは、神社と日本の神話の月影です。
神社巡りをしていると、御祭神の名前を見た瞬間に「この神様は誰の子だったかな」「天照大御神とはどこでつながるんだろう」と気になることがあります。私も日本神話を読み始めた頃は、神様の名前を一柱ずつ覚えようとして、途中で関係が分からなくなることが何度もありました。
ところが、親子や婚姻のつながりを家系図として追うと、物語が急に見えやすくなります。たとえば天孫降臨の「天孫」は誰の孫なのか、瓊瓊杵尊から神武天皇まで何代つながるのか、大国主神は須佐之男命とどんな関係なのか。こうした疑問が一本ずつつながってくるんですよ。
ただし、日本神話の系譜は現代の戸籍のように一つへ固定できるものではありません。『古事記』と『日本書紀』では神名や親子関係に違いがあり、『日本書紀』には本文とは別の伝承を載せる「一書」もあります。
この記事では『古事記』を軸に主要な系譜を示し、必要なところだけ『日本書紀』との違いに触れる形で見ていきます。
日本神話の家系図は一本ではない
最初に押さえておきたいのは、日本神話の家系図には「これだけ見れば全伝承が完全に一致する」という一枚が存在しないことです。誰と誰が親子なのか、同じ神をどの名前で呼ぶのか、何世代離れているのかは、文献や伝承によって変わる場合があります。
古事記を軸にすると見やすい
この記事では712年に成立した『古事記』を主な軸にします。理由は、上巻に神々の誕生、伊邪那岐命と伊邪那美命、天照大御神と須佐之男命、大国主神、国譲り、天孫降臨、海幸彦・山幸彦、鵜葺草葺不合命までが連続して語られ、その後の中巻で神武天皇へつながるためです。
家系図を読むときは、神様の名前をすべて暗記する必要はありません。まずは伊邪那岐命→天照大御神→天之忍穂耳命→瓊瓊杵尊→火遠理命→鵜葺草葺不合命→神武天皇という太い流れをつかむと、周囲の神々を置きやすくなります。
この記事の読み方:家系図では『古事記』の表記を基本にし、一般に広く使われる表記も併記します。たとえば「邇邇芸命」は「瓊瓊杵尊」、「神倭伊波礼毘古命」は「神武天皇」として知られています。
日本書紀には異なる伝承もある
『日本書紀』は720年成立で、神代巻には本文だけでなく「一書曰」として別系統の伝承を多く載せています。そのため、同じ神でも名前の漢字が違ったり、父母の組み合わせが違ったり、世代数が変わったりします。
ここを無理に一つへまとめると、かえって分かりにくくなります。「古事記ではこう、日本書紀の別伝ではこう」と並べて読むのが、日本神話の家系図では大切です。特に大国主神の系譜は差が大きいため、後ほど詳しく触れます。
日本神話の家系図を全体で見る
まずは、この記事で追う主要な系統を一度に見てみましょう。すべての神を載せると非常に大きくなるため、天照大御神から天皇へ向かう流れと、須佐之男命から大国主神へ続く流れを中心にしています。
伊邪那岐命 ─ 伊邪那美命
│
├─ 天照大御神
│ │
│ └─ 天之忍穂耳命 ─ 万幡豊秋津師比売命
│ │
│ └─ 邇邇芸命(瓊瓊杵尊) ─ 木花之佐久夜毘売
│ │
│ └─ 火遠理命(山幸彦) ─ 豊玉毘売
│ │
│ └─ 鵜葺草葺不合命 ─ 玉依毘売
│ │
│ └─ 若御毛沼命
│ (神倭伊波礼毘古命=神武天皇)
│
├─ 月読命
│
└─ 須佐之男命 ─ 櫛名田比売
│
└─ 八島士奴美神
│
└─ 複数世代を経て大国主神
この図だけでも、「天孫降臨」の意味が見えやすくなります。地上へ降る邇邇芸命は、天照大御神から見ると孫にあたるため「天孫」と呼ばれるわけです。そして、その系統が山幸彦、鵜葺草葺不合命を経て神武天皇へつながります。
| 世代の目安 | 主な神 | 家系図での位置 |
|---|---|---|
| 起点として見る世代 | 伊邪那岐命・伊邪那美命 | 国生み・神生みに登場する男女二柱 |
| 次の重要世代 | 天照大御神・月読命・須佐之男命 | 伊邪那岐命の禊から生まれた三貴子 |
| 天照系 | 天之忍穂耳命 | 誓約で生まれ、天照大御神の御子とされる |
| 天孫 | 邇邇芸命 | 天照大御神の孫として地上へ降臨 |
| 天孫の子 | 火遠理命 | 山幸彦として海幸山幸神話の中心になる |
| その子 | 鵜葺草葺不合命 | 豊玉毘売と火遠理命の御子 |
| その子 | 神武天皇 | 神倭伊波礼毘古命。初代天皇として語られる |
伊邪那岐命から三貴子まで
天照大御神の家系をたどるなら、その前の伊邪那岐命と伊邪那美命から見ておくと理解しやすくなります。ただし、この二柱が日本神話で最初に現れる神という意味ではありません。『古事記』冒頭には天之御中主神などの神々が先に登場します。
伊邪那岐命と伊邪那美命
伊邪那岐命と伊邪那美命は、天つ神々の命を受けて国生みを行い、日本の島々や多くの神を生んだ男女二柱です。火之迦具土神を生んだことで伊邪那美命が亡くれ、伊邪那岐命は黄泉国まで追いかけますが、最後は現世へ戻ります。
この二柱を家系図の入り口に置くと、多くの神がここから枝分かれするように見えます。ただ、神話の誕生表現には身体から神が生まれる場面、物から神が成る場面、禊から生まれる場面もあるため、現代の家族関係とまったく同じ感覚で読むと戸惑うかもしれません。
禊から三貴子が生まれる
黄泉国から帰った伊邪那岐命は、穢れを落とすため禊を行います。『古事記』では、左目を洗ったときに天照大御神、右目を洗ったときに月読命、鼻を洗ったときに建速須佐之男命が生まれます。この三柱は特に尊い神として扱われ、一般に「三貴子」と呼ばれます。
伊邪那岐命は天照大御神に高天原、月読命に夜之食国、須佐之男命に海原を治めるよう命じます。ここから天照大御神と須佐之男命の物語が大きく動き、のちの誓約、天岩戸、出雲神話へつながっていきます。
神社で御祭神を見たとき、天照大御神・月読命・須佐之男命の三柱が並んでいれば、この禊の場面まで一気にさかのぼれるわけです。御祭神と御神体の違いについては、神社には誰が祀られているかを解説した記事でも触れています。
天照大御神の子は誰なのか

ここは日本神話の家系図で、かなり迷いやすいところです。天照大御神には天之忍穂耳命をはじめとする御子がいるとされますが、その誕生場面は現代的な夫婦から子が生まれる形ではありません。天照大御神と須佐之男命の「誓約」が関係します。
誓約で五男三女神が生まれる
須佐之男命が高天原へ上ると、天照大御神はその意図を疑います。そこで須佐之男命が邪心のないことを示すため、二柱は誓約を行います。『古事記』では、互いの持ち物を受け取り、それを噛み砕いて吹き出すことで神々が生まれます。
天照大御神が須佐之男命の十拳剣を受けて生んだのが宗像三女神です。一方、須佐之男命が天照大御神の勾玉を受けて生んだのが五柱の男神でした。そして、その持ち物の所有関係によって、五男神は天照大御神の御子、三女神は須佐之男命の御子とされます。
| 区分 | 神名 | 家系図上の扱い |
|---|---|---|
| 五男神 | 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命 | 天照大御神の御子。天孫系譜へ続く |
| 五男神 | 天之菩卑能命 | 天照大御神の御子 |
| 五男神 | 天津日子根命 | 天照大御神の御子 |
| 五男神 | 活津日子根命 | 天照大御神の御子 |
| 五男神 | 熊野久須毘命 | 天照大御神の御子 |
| 三女神 | 多紀理毘売命 | 須佐之男命の御子とされる |
| 三女神 | 市寸島比売命 | 須佐之男命の御子とされる |
| 三女神 | 多岐都比売命 | 須佐之男命の御子とされる |
誓約の神名や生まれる順番は『日本書紀』の伝承によって違いがあります。家系図を作るときは、どの文献の記述なのかを添えておくと混乱しにくいですよ。
天之忍穂耳命が系譜の要になる
五男神の第一に位置する正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命は、名前がとても長いので、ここでは天之忍穂耳命と呼びます。この神こそ、天照大御神と瓊瓊杵尊をつなぐ重要な一柱です。
天之忍穂耳命は高木神の娘である万幡豊秋津師比売命との間に、天火明命と邇邇芸命をもうけます。葦原中国が平定されたあと、地上へ降るよう命じられますが、最終的には御子の邇邇芸命が天降ることになります。
「天孫降臨なのに、天照大御神本人が降りるわけではない」という点を家系図で見ると、かなり分かりやすいです。天照大御神→天之忍穂耳命→邇邇芸命と二段階下がるので、邇邇芸命は天照大御神の孫になります。
天孫降臨は誰の孫なのか
天孫降臨で地上へ降るのは邇邇芸命です。「天孫」という言葉だけを覚えるより、誰の孫なのかまで家系図で追うと、その後の皇統へつながる位置が見えてきます。
瓊瓊杵尊は天照大御神の孫
邇邇芸命は一般に瓊瓊杵尊とも表記されます。『古事記』では天照大御神と高木神の命によって葦原中国へ天降り、日向の高千穂へ至る物語が語られます。ここで天上の神々の系譜が、地上の物語へ大きく移っていきます。
「天照大御神の子がそのまま初代天皇になった」と思っていると、この部分が飛んでしまいます。実際には、天照大御神と神武天皇の間には複数世代があり、天孫降臨はその途中に位置します。
神社と日本神話の基本的なつながりを先に知りたい場合は、神社とは何をするところかを解説した記事も合わせて読むと、御祭神と神話の関係を追いやすくなります。
木花之佐久夜毘売との婚姻
邇邇芸命は地上で木花之佐久夜毘売に出会い、父の大山津見神へ結婚を申し入れます。大山津見神は姉の石長比売も一緒に差し出しますが、邇邇芸命は木花之佐久夜毘売だけを迎えます。この婚姻神話には寿命や繁栄をめぐる意味も重ねられています。
木花之佐久夜毘売は一夜で身ごもったため疑いを受けますが、天つ神の御子なら無事に生まれるとして産屋に火を放ち、その中で出産します。生まれた三柱のうち、皇統へつながるのが火遠理命です。
天照大御神から次の世代:天照大御神 → 天之忍穂耳命 → 邇邇芸命 → 火遠理命。この四柱を順番に覚えるだけでも、天孫降臨から海幸山幸神話までが一続きになります。
山幸彦から神武天皇へ

邇邇芸命の子である火遠理命は、山幸彦として知られる神です。ここから海神の娘との婚姻が続き、最終的に神武天皇へつながります。
火遠理命と豊玉毘売
火遠理命は兄の火照命、いわゆる海幸彦と道具を交換したことで物語が始まります。兄の釣針をなくしてしまい、探すため海神の宮へ向かい、そこで海神の娘・豊玉毘売と結婚します。
二柱の間に生まれるのが天津日高日子波限建鵜葺草葺不合命です。一般には鵜葺草葺不合命、または彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊などの表記で知られます。長い神名ですが、家系図では「火遠理命の子、神武天皇の父」と置くと位置を覚えやすいです。
鵜葺草葺不合命と玉依毘売
豊玉毘売は出産後に海の国へ戻り、妹の玉依毘売が御子の養育に関わります。成長した鵜葺草葺不合命は、その玉依毘売を妻とし、五瀬命・稲氷命・御毛沼命・若御毛沼命の四柱をもうけます。
この末子の若御毛沼命が、神倭伊波礼毘古命とも呼ばれ、のちに神武天皇として語られる人物です。つまり、『古事記』の系譜をたどると、天照大御神から天之忍穂耳命、邇邇芸命、火遠理命、鵜葺草葺不合命を経て、神武天皇へ至ります。
神の系譜から天皇の物語へ移る
『古事記』では、上巻の神代の物語が鵜葺草葺不合命の系譜まで進み、中巻に入ると神倭伊波礼毘古命の東征、つまり神武天皇の物語へ移ります。家系図を見ると、神話の世界と天皇の物語の境目がここにあることが分かります。
ただし、神武天皇に関する記述を、そのまま現代の歴史学で確認された年代や出来事と同一視するのは避ける必要があります。この記事で扱っているのは、あくまで『古事記』『日本書紀』に描かれた神話・伝承上の系譜です。
神話上の系譜と、考古学や文献史学から確認できる歴史は同じではありません。神武天皇以前の系譜を現代の戸籍のような実証資料として扱うのではなく、記紀が伝える王権起源の物語として読むことが大切です。
須佐之男命と大国主神の系譜
天照大御神から天皇へ続く線とは別に、出雲神話で大きな位置を占めるのが須佐之男命から大国主神へ続く系統です。ここは「須佐之男命の子が大国主神」とだけ覚えると、『古事記』との食い違いが生まれます。
古事記では六世の孫とされる
『古事記』では、須佐之男命と櫛名田比売の間に八島士奴美神が生まれ、その後に複数世代の系譜が続いて大国主神へ至ります。國學院大學の古事記学センターによる神名データベースでも、大国主神は『古事記』では須佐之男命の六世孫と説明されています。
そのため、家系図では須佐之男命から大国主神へ一本の線を引くとしても、途中の世代を省略した図なら「数世代を経る」と注記した方が誤解がありません。大国主神は出雲の国作りや国譲りで中心になる神なので、天照系と出雲系が国譲りの場面で交わる、と見ると物語全体がつかみやすいです。
日本書紀では親子関係が変わる
『日本書紀』では、大国主神にあたる大己貴神を素戔嗚尊と奇稲田姫の子とする本文がある一方、別伝では数世代後の子孫とする伝承も載せています。つまり、「大国主神は須佐之男命の子なのか、子孫なのか」という疑問に、文献をまたいで一つだけの答えを置くことはできません。
古事記では六世孫、日本書紀では直接の子とする本文や別系統の伝承がある。このように覚えると安全です。出雲側の神話については、伊勢神宮と出雲大社の神話上の関係を解説した記事でも国譲りを扱っています。
家系図で神社参拝が変わる
私が家系図を面白いと感じるのは、知識として覚えるだけで終わらず、実際に神社へ行ったときの見え方が変わるからです。御祭神の名前を見た瞬間に、その神の親、子、兄弟、神話の場面まで連想できるようになります。
伊勢神宮では皇統の起点が見える
伊勢神宮の皇大神宮に祀られる天照大御神を家系図の中で見ると、単に「太陽の神」というだけではなく、天之忍穂耳命、邇邇芸命を経て神武天皇へ続く皇祖神としての位置が見えてきます。
さらに、天孫降臨に関わる三種の神器や神勅の物語も、誰から誰へ託されたのかを意識しやすくなります。神話の出来事がバラバラではなく、世代を越えてつながる物語として読めるようになるんです。
宗像三女神は誓約へ戻れる
宗像大社や厳島神社で宗像三女神の名を見たら、天照大御神と須佐之男命の誓約まで戻れます。そして同じ誓約で、天皇系譜へつながる天之忍穂耳命も生まれていることが分かります。
一見すると離れた神社や神々が、家系図と神話の一場面でつながる瞬間があります。これが日本神話を知ってから神社を巡る面白さの一つです。
大国主神から国譲りが見えてくる
出雲大社の御祭神である大国主大神を須佐之男命の系譜に置き、さらに天照大御神側の天孫系譜と並べると、国譲りが二つの大きな流れの接点に見えてきます。
大国主神が治めた葦原中国をめぐる物語のあと、天照大御神の孫である邇邇芸命が天降る。家系図で見ると、「国譲り→天孫降臨」が連続する意味をつかみやすくなります。

参拝前に御祭神を一柱だけ調べるなら、「親は誰か」「子は誰か」「どの神話に出るか」の三つを見るのがおすすめです。これだけでも、境内の摂社や末社で見かける神名が急につながることがありますよ。
古事記と日本書紀の違い
日本神話の家系図を検索すると、サイトや本によって名前や線のつながりが違うことがあります。間違いとは限らず、採用している文献や異伝が違う可能性があります。
神名の漢字が違う場合がある
たとえば『古事記』では「邇邇芸命」と書かれる神が、『日本書紀』では「瓊瓊杵尊」などと表記されます。天照大御神も『日本書紀』では天照大神、大日孁貴など複数の表記が見られます。
初めて読むと別の神に見えますが、同じ神格を指す表記違いとして扱われる例は少なくありません。家系図を作るなら、本文の表記を残しつつ、一般的な呼び名を括弧で添えると読みやすいです。
親子関係そのものが違う場合もある
表記だけではなく、親子関係や生まれ方が異なる場合もあります。代表的なのが先ほどの大国主神です。また、誓約で生まれる神々も『日本書紀』の本文・一書で組み合わせや説明に差があります。
そのため、ネット上で二つの家系図が食い違っていても、すぐにどちらかを誤りと決めない方がいいでしょう。「古事記系」「日本書紀本文」「日本書紀一書」のどれを使っているのかを見ると、違いの理由が分かることがあります。
全文を確認したい場合は、国立国会図書館「古事記 上巻」を閲覧できます。また、神々と天皇の関係を図で確認するなら、國學院大學 古事記学センター「古事記系図ビューワー」も参考になります。
家系図で混乱しない読み方
神々の名前が増えるほど、すべてを一度に覚えようとすると大変です。私は「一本の幹を先に覚え、あとから枝を足す」読み方が分かりやすいと思っています。
まず皇統へ続く一本を覚える
最初は、伊邪那岐命→天照大御神→天之忍穂耳命→邇邇芸命→火遠理命→鵜葺草葺不合命→神武天皇だけで十分です。この流れが分かれば、天孫降臨、海幸山幸、神武東征が別々の話ではなく、世代をまたいだ連続した物語だと見えてきます。
次に、天照大御神の兄弟として月読命と須佐之男命、邇邇芸命の妻として木花之佐久夜毘売、火遠理命の妻として豊玉毘売、鵜葺草葺不合命の妻として玉依毘売を加えます。ここまで来ると、かなり広い範囲を読めます。
次に出雲系を足していく
そのあと、須佐之男命から大国主神へ続く出雲系を加えます。さらに大国主神の御子である事代主神や建御名方神を置くと、国譲りの場面が見やすくなります。
こうして物語ごとに枝を足すと、何十柱もの神名がただ並んでいる状態から、「この神はこの場面で、この家系につながる」と位置で覚えられるようになります。
参拝した神社から逆引きする
もう一つおすすめなのが、参拝した神社の御祭神から逆向きにたどる方法です。たとえば瓊瓊杵尊を祀る神社なら、父の天之忍穂耳命、その上の天照大御神へ戻る。大国主神を祀る神社なら、須佐之男命との系譜や国譲りへ戻る、という見方です。
私自身、家系図が分かってから「この神様は誰とつながっているのか」「誰の子なのか」を意識するようになり、神社参拝でも以前とは違う見方ができるようになりました。御祭神の名前が物語の入口になる感覚があります。
日本神話の家系図に関するよくある質問(FAQ)
天照大御神から神武天皇まではどうつながりますか?
『古事記』を軸にすると、天照大御神→天之忍穂耳命→邇邇芸命→火遠理命→鵜葺草葺不合命→神武天皇という流れで見ることができます。途中で木花之佐久夜毘売、豊玉毘売、玉依毘売との婚姻が入り、天つ神の系譜が山や海に関わる神々と結びついていきます。
天孫降臨は誰の孫が降臨した話ですか?
天照大御神の孫にあたる邇邇芸命が地上へ天降る物語です。父は天之忍穂耳命です。「天照大御神→御子の天之忍穂耳命→孫の邇邇芸命」と並べると、「天孫」という呼び名の意味が分かりやすくなります。
大国主神は須佐之男命の子ですか?
文献によって違います。『古事記』では須佐之男命から数世代を経た六世孫に位置づけられます。一方、『日本書紀』本文には素戔嗚尊と奇稲田姫の子とする記述があり、別伝でも世代数に差があります。「どの文献の系譜か」を確認することが大切です。
古事記と日本書紀の家系図はどちらが正しいですか?
どちらか一方だけを「唯一の正解」とするより、それぞれの文献が伝える系譜として読むのが適切です。『日本書紀』自身が複数の一書を収めており、神話に異なる伝承があったことが分かります。比較するときは、古事記・日本書紀本文・日本書紀一書を分けて見てください。
日本神話の家系図はどこから覚えると分かりやすいですか?
最初は天照大御神から神武天皇までの一本を覚えるのがおすすめです。その後、三貴子、宗像三女神、須佐之男命から大国主神へ続く出雲系を足すと、物語と系譜を一緒に覚えやすくなります。
日本神話の家系図まとめ
日本神話の家系図は、神様の名前を並べるだけでは見えにくいものがあります。誰の子なのか、誰と結ばれたのか、その次の世代でどの神話が始まるのかまで追うと、『古事記』の物語が一本の流れとして見えてきます。
家系図が分かってくると、天孫降臨は「誰の孫が降りたのか」が見え、大国主神や宗像三女神もどこにつながるのか分かってきます。神社で初めて見る御祭神の名前も、ただ難しい神名として通り過ぎず、「この神様はあの系譜の神なんだ」と物語の中へ戻せるようになりますよ。
神話上の系譜には異伝があるため、より細かな神名や関係まで確認したい場合は『古事記』『日本書紀』の本文や大学等の研究資料も合わせて確認してください。