こんにちは、神社と日本の神話の月影です。
神社巡りをしていると、「この神社はいつからここにあるんだろう」と、ふと時間の長さを想像することがあります。
私の氏神神社にも、かなり古そうな灯籠があります。刻まれた文字を見て年代を調べてみたところ、江戸時代につくられたものだと分かりました。江戸時代の灯籠でも十分に驚くのですが、日本には神武天皇の時代や、さらに神話の時代にまで創祀を遡る神社があります。
千年前の人も、自分が立っている場所で同じように神様へ祈っていたのかもしれない。そう思うと、私はなぜか胸が熱くなるんですよね。
そこで気になってくるのが、「日本で一番古い神社は、いったいどこなのか」という疑問です。
大神神社を「日本最古」と紹介することもあれば、鹿島神宮や香取神宮、伊勢神宮、出雲大社などにも非常に古い創建伝承があります。一方、今も残る建物の古さで見ると、別の神社が「最古」になります。
この記事では、一社を無理に日本一と決めるのではなく、創祀の伝承、古文献、考古資料、現存する社殿という複数の視点から、日本最古の神社について見ていきます。
日本最古の神社は一社ではない
「日本最古の神社はどこですか」と聞かれたとき、実は一社だけを挙げて終わらせるのは難しいところがあります。
その理由は、何をもって「神社が始まった」と考えるのかによって答えが変わるからです。
日本最古を考えるときは、「信仰が始まった時代」と「現在の建物が建った時代」を分けて考えることが大切です。
創祀と建物の古さは別
神社の歴史を調べると、「創建」「創祀」「鎮座」「建立」といった言葉が出てきます。どれも似ていますが、必ずしも同じ意味ではありません。
たとえば、古くから山そのものを神聖な場所として祭っていた場合、最初から現在のような本殿や拝殿があったとは限りません。
もともとは山、岩、樹木、水などを神聖な場所として祭り、その後に祭祀のための場所が整えられ、さらに社殿が建てられていったと考えられる例があります。
つまり、神社の信仰は2000年近く続いていても、目の前にある社殿そのものは江戸時代につくられたもの、ということも普通にあるわけです。
逆に、「現在残っている建物が古い」というだけで、その神社の信仰の始まりまで同じ年代だったとは言えません。
神代伝承は年数にできない
もう一つ難しいのが、日本神話と結びついた神社です。
大神神社や出雲大社などには、『古事記』『日本書紀』に登場する神々や神話と直接結びつく創祀伝承があります。
ところが、「神代」は西暦何年と置き換えられる時代ではありません。
そのため、「神代に始まったと伝わる大神神社」と「神武天皇元年創祀と伝わる鹿島神宮」のどちらが何年古いのか、といった比較はできないんです。
古い神社を調べるとき、私は「何年前か」だけを見ないようにしています。神話なのか、社伝なのか、古文書で確認できるのか、建物そのものの年代なのか。この違いを見ると、神社の歴史がずっと面白くなりますよ。
古さを決める4つの物差し
日本一古い神社を考えるなら、少なくとも4種類の「古さ」があると考えておくと分かりやすくなります。
| 古さの基準 | 何を見るのか | 注意点 |
|---|---|---|
| 創祀伝承 | 神社に伝わる祭祀開始や鎮座の由緒 | 神話・伝承上の年代を含む |
| 文献上の古さ | 古事記、日本書紀、延喜式などの記録 | 記録された年と創祀年は同じとは限らない |
| 考古学的な古さ | 祭祀遺物、遺構、発掘資料など | 現在の神社とどこまで連続するか慎重な判断が必要 |
| 社殿の古さ | 現在残っている本殿や拝殿の建立年代 | 神社自体の創祀年代とは別 |
この4つを混ぜてしまうと、「紀元前に創建された神社なのに、平安時代の神社より建物が新しいのはおかしい」という話になってしまいます。
しかし、まったくおかしくありません。日本の神社では遷宮や再建、修理が長い歴史の中で繰り返されてきたからです。
これは、神社というものが単なる「古い建築物」ではなく、祭祀と信仰が受け継がれてきた場所だということでもあります。
日本最古の有力候補を比較
それでは、日本最古の神社として名前が挙がることの多い古社を見ていきましょう。
ここでは単純な順位にはせず、「何を根拠として古いとされているのか」を中心に紹介します。
大神神社は我が国最古の古社
奈良県桜井市に鎮座する大神神社は、日本最古の神社を調べると必ずと言っていいほど名前が出てくる神社です。
御祭神は大物主大神。大神神社の創祀に関する伝承は『古事記』『日本書紀』に見られ、大物主大神が三輪山に鎮まることを望んだ神話と結びついています。
特に興味深いのが、大神神社には古来本殿がないことです。
拝殿の奥にある三ツ鳥居を通して御神体である三輪山そのものを拝みます。
これは、立派な本殿の中に神様をお祀りするという現在多く見られる形よりも前の、山そのものを神聖なものとして祭る古い信仰の姿を伝えているとされています。
大神神社自身も、この原初的な神祀りの姿から「我が国最古の神社」と説明しています。
つまり大神神社の「最古」は、何年何月に建物が完成したという意味ではなく、非常に古い神祀りの形を現在まで伝えていることに大きな意味があるんですね。
(出典:大神神社「ご由緒」)
大神神社を「紀元前○年創建」といった形で固定するのは適切ではありません。創祀伝承そのものが神代の物語と結びついているためです。
鹿島神宮は神武元年の伝承
茨城県鹿嶋市の鹿島神宮も、日本を代表する古社です。
御祭神は武甕槌大神。日本神話では、大国主神に国譲りを求める場面などで重要な役割を担う神様として知られています。
鹿島神宮の社伝では、神武天皇が東征の途中で武甕槌大神の神剣によって救われ、その神恩に感謝して即位の年である神武天皇元年に勅祭したと伝えられています。
伝統的な紀年に当てはめれば、神武天皇元年は紀元前660年に相当します。
もしこれをそのまま現在の西暦と同じ意味で受け取れば、とんでもない古さですよね。
ただし、ここは重要です。紀元前660年に現在と同じ形の鹿島神宮が存在したことを考古学的に確認した、という意味ではありません。
神武天皇元年という年代は、あくまで神社に伝わる創祀伝承として受け止める必要があります。
一方で、鹿島の祭祀が非常に古いこと、古代から朝廷との結びつきを持った重要な神社だったことは、別の歴史資料からも読み取ることができます。
香取神宮は神武18年の伝承
千葉県香取市の香取神宮も、鹿島神宮と並んで非常に古い神社です。
御祭神は経津主大神。鹿島神宮の武甕槌大神とともに、国譲り・葦原中国平定の神話と深く結びついています。
社伝では神武天皇18年の創建とされます。伝統的な紀年に置き換えると、紀元前643年ごろに相当する計算です。
ただし、香取神宮についても「紀元前643年に現在の神社が建てられた」と断定することはできません。
國學院大學の神社研究でも、神武天皇18年創建という伝承を紹介しながら、確かな創立年代については未詳として扱っています。
それでも香取神宮が古代から重要な神社であったことは間違いなく、『延喜式』にも見える古社です。
鹿島神宮と香取神宮は、神話、古代東国の祭祀、朝廷との関係を一緒に見ていくと理解しやすい組み合わせですよ。
伊勢神宮は紀元前4年の伝承
三重県伊勢市の伊勢神宮も、日本の神社の歴史を考えるうえで外せない存在です。
内宮の正式名称は皇大神宮で、天照大御神をお祀りしています。
神宮の由緒では、天照大御神が現在の五十鈴川のほとりに鎮まったのは垂仁天皇26年とされ、伝統的な紀年では紀元前4年に当たります。
ここでも、伝承上の御鎮座年代と現在の社殿の年代は分けて考えなければなりません。
伊勢神宮では、原則として20年に一度、神様を新しい御正殿へお遷しする神宮式年遷宮が行われてきました。
つまり、伊勢神宮は約2000年に及ぶ鎮座伝承を持ちながら、社殿を新しく造り替える文化を受け継いでいる神宮なのです。
「古い神社なら、古びた建物が残っているはず」と思って訪れると、少し不思議に感じるかもしれません。
しかし伊勢神宮の場合は、建物そのものを永久に古くするのではなく、造り替えながら祭祀や建築技術を次の時代へ受け渡していくことに大きな意味があります。
住吉大社は211年の伝承
大阪府大阪市の住吉大社も、非常に古い鎮座伝承を持っています。
御祭神は底筒男命、中筒男命、表筒男命の住吉大神と神功皇后です。
住吉大社では、神功皇后が住吉大神を現在の地に鎮斎したのを神功皇后摂政11年、西暦211年としています。
公式の歴史解説でも、この西暦については鎮座伝承をもとにした年代であり、実年代には学術的な議論があることが示されています。
この点はとても大切です。
古社を紹介するとき、「創建211年」とだけ書くより、「211年の鎮座と伝えられる」と書くほうが、伝承と歴史研究を混同しません。
住吉大社は遣隋使・遣唐使とも深く関係し、古代から航海守護の神として崇敬されてきました。神社建築では古い形式を伝える住吉造でも知られています。
出雲大社は国譲り神話に遡る
島根県出雲市の出雲大社は、大神神社と同じように、単純な西暦の創建年では表しにくい神社です。
御祭神は大国主大神。
『古事記』『日本書紀』に語られる国譲りの神話では、大国主大神が国を譲ったことに伴い、壮大な御殿が造られたという伝承につながっています。
そのため出雲大社の創建をたどっていくと、人間の歴史年代よりも神話世界へ入っていきます。
一方、現在の御本殿は延享元年、1744年に造営されたものです。
ここにも、「神社の始まり」と「目の前に立っている建物の年代」が大きく異なる例を見ることができます。
出雲大社の場合、長い歴史の中で御造営や遷宮を繰り返しながら、大国主大神への祭祀が受け継がれてきました。
古さとは、建材が何年間残っているかだけでは測れない。そのことがよく分かる神社だと思います。
宗像大社は古代祭祀が残る
福岡県の宗像大社も、「日本最古の神社の一つ」として紹介される古社です。
御祭神は天照大御神の御子神とされる宗像三女神。沖津宮、中津宮、辺津宮の三宮を総称して宗像大社と呼びます。
宗像大社で特に注目したいのが沖ノ島です。
沖ノ島では、4世紀から9世紀にかけて行われた古代祭祀に関係する膨大な奉献品が出土しています。
ここでは神話や社伝だけではなく、実際の出土資料から古代祭祀の姿を考えることができる点が大きな特徴です。
もちろん、4世紀の祭祀と現在の宗像大社の境内・組織をそのまま同一視することはできません。
それでも、古代の人々がこの海域を特別な祭祀の場としていたことを示す資料が残っているのは、とても興味深いですよね。
神社を古い順で見る一覧
「結局、神社を古い順にするとどうなるの?」という方もいると思います。
そこで、年代を持つ主な創祀・鎮座伝承を、伝統的な紀年に沿って並べてみます。
この表は歴史学的に確定した創建年代ランキングではありません。神話・社伝上の年代を現在の紀年に対応させたものを含みます。神代に始まるとされる大神神社や出雲大社は固定した年代を置けないため、順位には入れていません。
| 順 | 神社 | 伝承上の年代 | 古さの根拠 |
|---|---|---|---|
| 1 | 鹿島神宮 | 神武天皇元年 紀元前660年相当 | 神武天皇即位年の創祀伝承 |
| 2 | 香取神宮 | 神武天皇18年 紀元前643年相当 | 神武天皇代の創建伝承 |
| 3 | 伊勢神宮内宮 | 垂仁天皇26年 紀元前4年相当 | 天照大御神の御鎮座伝承 |
| 4 | 住吉大社 | 神功皇后摂政11年 西暦211年とする伝承 | 神功皇后による鎮斎伝承 |
こうして並べると「鹿島神宮が日本一古いのでは」と感じるかもしれません。
しかし、大神神社や出雲大社のように、そもそも創祀を神代に置く神社があります。
そのため、この表から鹿島神宮がすべての基準で日本最古だと結論付けることはできません。
さらに、紀元前660年や紀元前643年という数字も、発掘調査によってその年の建物が確認されたという意味ではなく、伝統的な紀年から換算した年代です。
検索すると「日本最古の神社ランキング」のような情報も見かけますが、何を基準に並べたのかを見ることが大切でしょう。
神代に遡る社は順位化できない
大神神社や出雲大社などは、創祀そのものが神話世界につながっています。
神代を「紀元前何年」と確定することはできませんので、これらを西暦順の表に混ぜると、かえって分かりにくくなります。
「年代不明だから新しい」のではありません。
人間の暦で固定できる創建年を持たないほど古い伝承を持っている、と理解するとよいでしょう。
神武紀元は史実年代と別
鹿島神宮や香取神宮の創祀伝承を見るときにも注意したい点があります。
神武天皇元年を紀元前660年とする伝統的な紀年は存在しますが、それを現代の歴史学で実証された出来事の年代とそのまま同一視することはできません。
ここを区別すれば、「神社の公式由緒を否定する」ことにも、「伝承をそのまま歴史的事実として断定する」ことにもなりません。
神社が大切に受け継いできた物語としての由緒と、文献史学や考古学によって確認される歴史。私は両方を知ることで、その神社がもっと面白く見えてくると思っています。
現存本殿は宇治上神社が最古
ここまでは主に祭祀や創祀の古さを見てきました。
では、現在も実際に残っている神社建築で最も古いものは何かという基準ではどうでしょうか。
この問いでは、京都府宇治市の宇治上神社が重要になります。
本殿は平安時代後期
文化庁の文化遺産オンラインでは、宇治上神社本殿について、建立年代を細部の手法などから平安時代後期とし、神社建築として最古の遺構と説明しています。
現在まで残っている建物そのものを基準にするなら、非常に明確な「最古」の例なんですね。
一方、宇治上神社そのものの創始年代については明らかではありません。
ここがまさに、日本最古の神社を理解するときのポイントです。
祭祀・創祀の古さでは大神神社などが有力候補。現在残る神社建築の古さでは宇治上神社本殿が最古の遺構とされる。
(出典:文化遺産オンライン「宇治上神社本殿」)

古社でも社殿は建て替わる
「2000年前からある神社なら、2000年前の建物が残っているのでは?」と思うかもしれません。
しかし日本の木造建築は、火災、風水害、地震、老朽化などの影響を受けます。長い歴史を持つ神社ほど、その間に何度も造営や修理を経験していることがあります。
伊勢神宮のように、遷宮そのものが祭祀として受け継がれている例もあります。
出雲大社も長い歴史の中で御造営を重ねており、現在の御本殿は1744年の造営です。
ですから、神社が古い=建物も創建当初から残っているとは考えないほうがよいでしょう。
なぜ日本最古が複数あるのか
なぜこれほど多くの神社が「日本最古」「最古級」と呼ばれるのでしょうか。
単に各神社が競って古さを主張している、と考えるのは少し違います。
その背景には、神社というものの成り立ちがあります。
最初から社殿があったとは限らない
現在「神社」と聞くと、鳥居があり、参道を歩き、拝殿で参拝する姿を思い浮かべますよね。
しかし、古い時代の祭祀が最初から現在と同じ境内配置だったとは限りません。
山、岩、樹木、海、水、土地など、人の力を超えたものを感じる場所そのものが祭祀の対象となり、後に恒久的な建物が整えられていったと考えられています。
大神神社が三輪山そのものをご神体として本殿を設けないことは、その古い信仰の姿を考えるうえで象徴的です。
だからこそ、「最初の社殿が何年に建ったのか」という質問だけでは、神社の始まりを捉えきれないんです。
社伝と歴史研究は役割が違う
神社には、それぞれ大切に受け継がれてきた由緒があります。
そこには神様が鎮座した経緯、天皇や武将との関係、地域の人々が守り続けてきた物語などが記されています。
一方、歴史研究では、古文書、考古遺物、建築様式、木材など、確認できる資料から年代を考えていきます。
両者は必ずしも同じ答えになるわけではありません。
たとえば「神武天皇の時代に創建されたと伝わる」という説明と、「確実な創立年代は分からない」という説明は、実は両立します。
前者は伝承について語り、後者は歴史学的に確認できる範囲について語っているからです。
古社の由緒を読むときは、「伝えられています」「社伝では」「文献に見えます」「遺構が確認されています」という言葉に注目してみてください。この違いが分かるだけでも、情報の受け取り方がかなり変わります。
神仏習合も歴史を複雑にした
さらに、日本の神社は長い歴史の中で仏教とも深く関わってきました。
中世から近世にかけては、神社と寺院が現在のようにはっきり分けられていない例も多く、神宮寺や本地垂迹説など、神と仏が結びついた信仰が広まりました。
その後、明治初期の神仏分離によって大きく姿を変えた神社もあります。
そのため、「現在の神社の姿が何年前からそのまま続いているのか」を考える場合、創建年だけを見るのでは足りません。
この歴史については、神仏習合の歴史を時代別に解説した記事もあわせて読むと、古社の変化がつかみやすいと思います。
古社を見るときの確認ポイント
日本最古という言葉に出会ったときは、少しだけ立ち止まって「何が最古なのだろう」と確認してみるのがおすすめです。
公式由緒で創祀を確認する
まず見たいのが、その神社自身が公開している御由緒です。
創建、創祀、鎮座の時期だけでなく、その年代が何を根拠としているのかも読んでみましょう。
「『日本書紀』によれば」「社伝によれば」「○○天皇の御代と伝える」といった書き方があれば、年代の性質も分かってきます。
一方、「西暦○年創建」という数字だけを二次情報で見つけた場合は、一度公式由緒まで遡ったほうが安心です。
古文献に登場する時期を見る
次に注目したいのが文献です。
『古事記』は712年、『日本書紀』は720年に成立した古典で、日本神話や古代の祭祀を考える重要な資料です。
平安時代の『延喜式』神名帳に記載された神社は「式内社」と呼ばれ、少なくともその文献が編纂された時代には朝廷の祭祀制度の中で知られていた神社を考える手掛かりになります。
ただし、文献に初めて登場した年が創建年とは限りません。
記録されるより前から祭祀が行われていた可能性もあります。
建物は文化財情報を見る
社殿の古さを知りたい場合は、国宝や重要文化財の指定情報が役に立ちます。
建築様式だけではなく、修理時の調査や木材の年代測定などによって、建立年代が詳しく研究されている建物もあります。
宇治上神社のように、「神社そのものの創始は不明でも、現在の本殿は神社建築として最古の遺構」と分かる例もあります。
逆に、非常に古い創祀伝承を持つ神社でも、現在の本殿は江戸時代に再建されたものということがあります。
神社の由緒や文化財に関する研究内容は、新しい調査によって説明が変わる可能性があります。参拝や調査をする際は、各神社の公式案内や文化財を所管する公的機関の最新情報も確認してください。
月影が古い神社で感じること
私は古い神社を訪れると、どうしても建物の細かいところを見てしまいます。
立派な本殿や楼門だけではなく、石灯籠、鳥居、石碑、石段、古木などです。
冒頭でも触れましたが、私の氏神神社で何気なく灯籠を見ていたとき、文字が彫られていることに気付きました。
調べると江戸時代のもの。
江戸時代だけでも現代から見れば十分昔なのですが、日本最古級の神社を調べると、そのさらに千年以上前の世界へ話が続いていきます。

もちろん、千年前の参拝者と現代の私たちでは服装も生活も社会もまったく違います。
それでも同じ土地に立って、神様の前で頭を下げる。
そう考えると、不思議な感覚になります。
神社の古さを調べる面白さは、「日本一はどこか」を決めることだけではないのかもしれません。
自分が立っている場所に、どれほど長い時間、人の祈りが積み重なってきたのか。
私はそこに古社巡りの大きな魅力を感じています。
古い神社を訪れたら、有名な社殿だけでなく灯籠や石碑にも目を向けてみてください。奉納年が読めることがあります。何百年前の人が同じ境内で奉納したものだと分かると、神社の歴史が急に身近になりますよ。
よくある質問
日本最古の神社について調べていると、「結局どこが一番なのか」「紀元前の創建は本当なのか」など、いくつか共通した疑問が出てきます。
日本最古の神社に関するよくある質問(FAQ)
結局、日本で一番古い神社はどこですか?
一つの基準だけで断定するのは難しいです。大神神社は原初的な神祀りの姿を伝えることから「我が国最古の神社」と呼ばれています。一方、鹿島神宮や香取神宮には神武天皇代の創祀・創建伝承があり、出雲大社は国譲り神話に創建伝承がつながります。現在残る神社本殿の建築物という基準では、宇治上神社本殿が最古の遺構とされています。
大神神社は何年前につくられた神社ですか?
大神神社の創祀伝承は『古事記』『日本書紀』の神話につながるため、「西暦○年創建」と固定するのは難しいです。大物主大神が三輪山に鎮まるという伝承を持ち、本殿を設けず三輪山そのものを拝する古い祭祀形態を現在に伝えていることが大きな特徴です。
鹿島神宮の紀元前660年創建は史実ですか?
鹿島神宮は神武天皇の即位年である神武天皇元年に創祀されたと伝えています。伝統的な紀年では紀元前660年に当たりますが、紀元前660年に現在と同じ神社が建造されたことが考古学的に確認されている、という意味ではありません。「神武天皇元年創祀という伝承」として理解するのが適切です。
現在残る神社で最も古い建物はどこですか?
文化庁の文化遺産情報では、京都府宇治市の宇治上神社本殿が神社建築として最古の遺構とされています。建立年代は平安時代後期と考えられています。ただし、これは「現在残っている本殿の古さ」の話であり、日本で最初に祭祀が始まった神社という意味ではありません。
古い神社ほど現在の建物も古いのですか?
そうとは限りません。長い歴史の中で火災や自然災害による再建、修理、遷宮などが行われてきました。伊勢神宮のように一定の周期で新しい社殿へ神様をお遷しする神社もあります。そのため、創祀年代と現存社殿の建立年代は別々に確認する必要があります。
日本最古の神社まとめ
日本最古の神社を調べてみると、単純に「一位はここ」と決められないことが分かります。
ですから、「神社を古い順に並べたい」ときは、何の年代を並べているのかを最初に決める必要があります。
創祀伝承なら大神神社、鹿島神宮、香取神宮、伊勢神宮などが候補に入り、神話まで含めれば出雲大社も外せません。
一方、現在残る建築そのものの古さを比べるなら、宇治上神社本殿という明確な答えがあります。
そして私自身は、日本最古を一社に決めること以上に、それぞれの神社でどのように祈りが始まり、何度も時代を越えて受け継がれてきたのかを見るのが面白いと感じています。
次に古い神社を訪れたときは、ぜひ社殿だけでなく、境内の灯籠や石碑、御神木にも目を向けてみてください。
そこには、今の私たちよりはるか昔に同じ場所を歩いた人たちの痕跡が残っているかもしれません。