こんにちは。神社と日本の伝統文化、運営者の「月影」です。
2月に入ると「初午（はつうま）」という行事が近づいてきますが、この日は毎年日付が変わるため、いつ行えばいいのか、具体的にお供えは何をすればいいのか迷ってしまうこともありますよね。
スーパーに行くと「初午いなり」の文字を見かけるけれど、実際のところ何を祈る日なのか、意外と知らない方も多いのではないでしょうか。
特にいなり寿司や油揚げといった食べ物の意味を知ると、この行事がもっと身近に、そして味わい深いものに感じられるはずです。
初午は春の訪れとともに商売繁盛や家内安全を願う大切な日であり、古くから日本人の生活に根付いてきました。
今回は、その由来や家庭でできるお供えの作法について、私なりの視点でわかりやすくお伝えできればと思います。
初午は何する日？お供えの由来と基本
初午とは、2月の最初の午（うま）の日のことですが、一体何をする日なのでしょうか。単においなりさんを食べる日というだけでなく、そこには長い歴史と信仰の背景があります。
ここでは、この行事のルーツや、なぜお供えをするのかといった基本的な知識について、少し掘り下げて解説していきますね。
初午の由来と稲荷神社での参拝
初午の起源は驚くほど古く、奈良時代の和銅4年（711年）まで遡ります。今から1300年以上も昔の話です。
伝説によると、この年の2月の初午の日に、京都の伏見稲荷大社がある「稲荷山（伊奈利山）」の三ヶ峰に、稲荷大神様が降り立ったとされているんです。
この伝説にちなんで、初午の日は稲荷大神様のお誕生日、あるいは鎮座記念日とも言える特別な日となりました。
そのため、全国各地にある約3万社とも言われる稲荷神社では、この日に盛大な「初午祭（はつうまたいさい）」が執り行われます。
私たち参拝者にとっては、五穀豊穣（農業の成功）や商売繁盛、家内安全を願って神社にお参りする日として親しまれています。
もともと稲荷信仰は、稲が育つこと、つまり農業の神様として始まりました。「イナリ」という言葉自体が「稲生り（いねなり）」から来ているという説が有力です。
それが時代とともに、商工業が発展するにつれて「商売繁盛」の神様としても信仰されるようになり、さらには漁業の神、火伏せの神、安産の神と、庶民のあらゆる願いを受け止める存在へと広がっていったんですね。
また、初午の日付は固定されておらず、十二支の「午の日」によって毎年変わります。
これは少しややこしいのですが、立春（2月4日頃）を迎えて春の気が立ち始める時期に、最初に巡ってくる午の日を初午と定めています。年によっては2月の上旬に来ることもあれば、中旬になることもあります。
毎年新しいカレンダーを買ったら、「今年の初午はいつかな？」とチェックするのも、季節を感じる一つの楽しみ方かもしれません。
神社にお参りに行くと、この日だけ授与される特別な「しるしの杉」や縁起物をいただけることもあります。
参道には屋台が並び、普段は静かな神社もこの日ばかりは活気づく様子を見ると、春がもうすぐそこまで来ているんだなとワクワクした気持ちになります。
稲荷神の使いが狐である理由
「お稲荷さん」と聞くと、すぐに狐を思い浮かべる方が多いと思いますが、実は狐そのものが神様というわけではないのをご存知でしたか？
ここは意外と誤解されがちなポイントなのですが、狐はあくまで神様の使い、つまり「神使（しんし）」や「眷属（けんぞく）」と呼ばれる存在なんです。
では、なぜ数ある動物の中で狐が選ばれたのでしょうか。これには、昔の人々の生活と自然観察に基づいた、いくつかの理由があると言われています。
一つ目の理由は、「山の神」と「田の神」の信仰に関係しています。
日本の古い信仰では、神様は冬の間は山にいて、春になると里に降りてきて田んぼの神様になると考えられていました。
ちょうど初午の頃、つまり春の気配がする時期に、冬眠から覚めた狐が山から里へと姿を現し始めます。その姿を見た人々は、狐を「神様を先導して連れてくる使い」だと考えたんですね。
二つ目は、より実利的な理由です。狐は、大切に育てた農作物を食べてしまうネズミを捕食してくれる動物です。
農家の人々にとって、ネズミを退治してくれる狐は、まさに豊作を守ってくれる「益獣」であり、ありがたい存在でした。
この感謝の気持ちが、神様の使いとしての地位を確固たるものにしたのかもしれません。
三つ目は、その姿形です。狐のふさふさとした尻尾の形が、実った稲穂の形に似ていることから、豊穣のシンボルとして結び付けられたという説もあります。
ちなみに、私たちが神社で見かける狛犬のような狐像は、目に見えない神聖な霊獣である「白狐（びゃっこ）」を表しているそうです。
これは野生の狐（野狐）とは明確に区別されていて、透明で神秘的な力を持つ存在とされています。
神社の狐像が赤いよだれかけをしているのをよく見かけますが、あれは赤色が魔除けの意味を持つ色であり、神様のお使いに対する敬意や、願い事が叶ったお礼として奉納されたものなんですよ。
初午の食べ物といなり寿司の種類
初午に何するかといえば、やっぱり「いなり寿司」を食べるのが定番ですよね。夕食の食卓にいなり寿司が並ぶと、なんだか晴れやかな気分になります。でも、なぜ初午にいなり寿司なのでしょうか？
これには、先ほどお話しした狐とネズミの関係が深く関わっています。狐の好物はネズミですが、神聖な神棚や神社で、殺生した動物をそのままお供えするのはタブーとされています。
そこで昔の人々は知恵を絞り、ネズミを油で揚げたもの（天ぷらのようなもの）に見立てて、「豆腐の油揚げ」をお供えするようになったと言われています。
やがて、その油揚げの中に、稲荷神がもたらした恵みである「お米（酢飯）」を詰めるようになり、現在のいなり寿司が誕生しました。
何気なく食べていたいなり寿司にも深い理由があるのね
実はいなり寿司の形には、関東と関西で明確な違いがあるんです。これは旅行などで気づく方も多い面白い文化の違いです。
| 地域 | 形 | 由来・意味 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 関東（東日本） | 俵型 | 米俵に見立てており、五穀豊穣を願う意味が強い | 中の酢飯は白飯のみか、麻の実や胡麻を混ぜる程度のシンプルなものが多い |
| 関西（西日本） | 三角形 | 狐の耳、または伏見稲荷がある稲荷山の形に見立てている | 椎茸、人参、ゴボウなどを煮含めた具沢山の「五目稲荷」が一般的 |
私が住む地域では俵型が一般的で、甘じょっぱく煮た油揚げに酢飯が詰まっているのが「いつもの味」ですが、関西へ旅行に行った際に三角形の五目いなりを食べて、その豪華さと形の可愛らしさに感動したことがあります。
どちらの形であっても、神様への感謝を込めてお供えすることに変わりはありません。
最近では、油揚げの口を開いて具材を見せる「オープンいなり」や、キャラ弁のようにデコレーションした可愛らしいいなり寿司も人気ですね。
伝統を守りつつも、時代に合わせて楽しみ方が広がっていくのはとても素敵なことだと思います。初午の日は、お子さんと一緒にいなり寿司を作ってみるのも、食育や文化体験としておすすめですよ。
日本三大稲荷の一つでもある茨城県の笠間稲荷神社では「そばいなり」というお米の代わりにそばが入っているものが名物になっています
栃木のしもつかれと初午の関係
全国的には初午といえばいなり寿司が有名ですが、地域によってはその土地ならではの非常にユニークな行事食が受け継がれています。
その代表格とも言えるのが、栃木県を中心に北関東（茨城県や群馬県の一部など）で食べられている「しもつかれ」という郷土料理です。
この「しもつかれ（すみつかれ）」、見た目や材料がとても独特なんです。主な材料は、お正月に食べた新巻鮭の頭（残り物）、節分の豆まきで余った大豆（残り物）、そして冬野菜の大根や人参、そこに酒粕を加えて煮込みます。
まさに「残り物」を有効活用した料理なのですが、これは現代で言うところの「SDGs」や「フードロス削減」を、昔の人々は生活の知恵として自然に行っていた証拠でもあります。
しもつかれ作りには、「鬼おろし」という竹製の目の粗いおろし器が欠かせません。大根を粗くおろすことで水分が出すぎず、独特の食感を生み出すのですが、この「鬼おろし」という名前には「鬼を追い払う」という意味も込められているそうです。
つまり、節分で追い出した邪気が戻ってこないように、という願いも込められた料理なんですね。
また、この料理には「7軒の家のしもつかれを食べると病気にならない」という言い伝えがあり、近所の人たちと重箱に入れて分け合う風習がありました。
それぞれの家庭で味が少しずつ違うので、「あそこの家は酒粕が強めだね」とか「うちはもっと鮭を入れるよ」なんて会話が生まれ、地域コミュニティの絆を深める役割も果たしていたんです。
正直なところ、酒粕と鮭の頭を使うため、独特の見た目と香りがあり、地元でも好き嫌いがはっきりと分かれる料理ではあります。
でも、栄養価は非常に高く、冬の間の貴重なタンパク質とビタミン源として、人々の健康を支えてきた素晴らしい郷土食であることは間違いありません。
旗飴など地域ごとの初午行事食
関西の一部、特に奈良県などでは「旗飴（はたあめ）」という、なんとも可愛らしい風習が残っています。
これは、棒の先に飴をつけ、そこに「稲荷大明神」や「初午」などと書かれた赤や白の小さな紙の旗を巻きつけたものです。
昔懐かしい駄菓子のような見た目で、見ているだけでワクワクしてきます。
かつては初午の日になると、子供たちが近所の商店や家々を回って「旗飴ちょうだい！」と言ってお菓子をもらう習慣があったそうです。
これ、何かに似ていると思いませんか？そうです、まるで西洋のハロウィンのようですよね。
商売をしている家にとっても、神様の使いに近い存在である無垢な子供たちにお菓子を配ることで、商売繁盛の福を招き入れることができると考えられていました。
「情けは人のためならず」の精神が、行事の中に自然と組み込まれていたんですね。
また、かつて養蚕（ようさん・蚕を育てて絹糸をとること）が盛んだった群馬県や長野県、埼玉県の秩父地方などでは、米粉で作った団子を繭（まゆ）の形にした「繭団子」をお供えする風習がありました。
これは、白い狐と白い繭を視覚的にリンクさせ、良い繭がたくさん取れるように祈願したものです。
狐がネズミを捕ることは、蚕をネズミから守ることにも繋がるため、養蚕農家にとってお稲荷さんは本当に大切な守り神だったのです。
このほかにも、辛子和えをお供えする地域や、赤飯を炊く地域など、日本全国にはさまざまな初午の行事食が存在します。
自分の住んでいる地域にどんな風習があるのか、地元の和菓子屋さんやスーパーを覗いてみるのも、新しい発見があって面白いかもしれません。
家庭での初午は何する？お供えの作法
神社への参拝だけでなく、ご自宅に神棚をお持ちの方や、庭に小さなお稲荷さんの祠（ほこら）があるお宅、あるいは会社で神棚を祀っている場合は、家庭や職場でも初午のお祝いをします。
ここでは、家で初午を行う際の具体的な手順や、お供え物の並べ方のルールについて、詳しくお話ししていきます。
初午の神棚への飾り方と掃除
初午のお祝いをするにあたって、まず最初に行うべき大切なことは「掃除」です。初午の当日の朝、あるいは前日までに、神棚や祠の周りをきれいに掃除しましょう。
1年の間に溜まった埃を払い、榊（さかき）の水を替え、清らかな状態でお稲荷様をお迎えするのがマナーです。
もし、お正月に新しいお札に交換するのを忘れてしまっていたり、喪中などで交換できなかった場合は、この初午のタイミングで古いお札を神社に納め、新しいお札を受けるのが良いとされています。
初午は、お稲荷様にとっての「お正月」のような意味合いもあるため、心機一転するには絶好の機会なんですね。
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また、地域や神社によっては、初午の時期限定で授与される「しるしの杉」などの縁起物を神棚に飾ることもあります。
杉の小枝に小さなお面や飾りがついたもので、これを飾ることで家内安全や商売繁盛のご利益があるとされています。
こういった季節限定の飾りを取り入れると、神棚が一気に華やかになり、お祭り気分が高まりますよ。
お供えの油揚げと配置のルール
家庭の神棚にお供えする場合、基本的には普段のお供え物である「米・塩・水」に加え、初午ならではの特別なお供えとして「お神酒（お酒）」と「油揚げ（またはいなり寿司）」を用意します。その他にも、野菜や果物、お菓子などを供えることもあります。
では、これらをどのように並べればよいのでしょうか。一般的な一社造りの神棚や、略式の配置例をご紹介します。
特に重要なのが油揚げの供え方です。スーパーで買ってきたパックのままポンと置くのは避けたいところです。必ずお皿に移すか、白い懐紙（かいし）の上に載せてお供えしましょう。
油揚げは、生のまま（油抜きしたもの）を供える地域もあれば、焼いたり煮たりして調理したものを供える地域もありますが、一般的には「いなり寿司」として供えるか、軽く炙った油揚げを供えることが多いようです。
また、お供えする数に厳密な決まりはありませんが、いなり寿司なら2個や3個など、神棚のスペースに合わせて見栄え良く並べれば大丈夫です。
大切なのは形式よりも、「今年も見守ってください」という感謝の心です
初午のお供えを下げるタイミング
せっかくお供えしたものは、いつ下げればいいのか迷いますよね。基本的には、お参り（拝礼）が済んだら、その日のうちに下げてしまって大丈夫です。
朝にお供えをして、午前中いっぱいそのままにしておき、お昼やおやつの時間に下げる、あるいは夕食の時間に合わせて下げる、という家庭が多いようです。
そして一番大切なのは、下げたお供え物をそのまま捨てずに、家族みんなで食べることです。これを神道では「直会（なおらい）」と言います。
神様にお供えした食べ物（神饌・しんせん）には、神様の力が宿ると考えられています。そのお下がりを体に取り入れることで、神様との結びつきを強め、ご利益やパワーを分けていただけるとされているんです。
いなり寿司なら、そのままその日の夕食に美味しくいただきましょう。もし生の油揚げをお供えした場合は、お味噌汁の具にしたり、煮物にしたりして調理して食べるのがおすすめです。
野菜や果物も同様です。「神様のお下がりだから、いただこうね」と家族で話しながら食べることで、食事そのものが神事の一部となり、感謝の気持ちも自然と育まれるはずです。
ただ、夏場などで傷みやすい場合や、どうしても食べきれない量がある場合は、無理をして食べる必要はありません。
その場合は、塩でお清めをしてから、感謝の気持ちを持って白い紙に包んで処分させていただきましょう
衛生面や体調を最優先に考えてくださいね
早い初午と火の用心の言い伝え
昔から「初午が早い年は火事が多い」という言い伝えがあるのをご存知でしょうか。
これは、初午の日付が立春（2月4日）を過ぎてすぐ、例えば2月の5日や6日といった早い時期に来る年のことを指して言われる俗信です。
なぜそのようなことが言われるようになったのか、その理由には諸説あります。
一つは、初午が早いということは、その後に続く「二の午」「三の午」まで行事が行われる可能性が高くなるためです。
お祭りの回数が増えれば、それだけお供えのために火を使ったり、人が集まって煮炊きをする機会が増えます。昔は薪や炭で火を扱っていたため、火を使う頻度が増えることは、そのまま火事のリスクが高まることを意味していました。
また、気象条件的な理由も考えられます。2月の上旬から中旬にかけては、日本列島はまだ空気が乾燥しており、そこに「春一番」のような強い南風が吹き始める時期でもあります。
乾燥と強風という、火災が広がりやすい条件が重なる時期にお祭りが続くため、戒めとして「火の用心」が叫ばれるようになったのかもしれません。
（出典：伏見稲荷大社『初午大祭』 http://inari.jp/rite/?month=2%E6%9C%88）
初午は何するかとお供えの総括
ここまで、初午は何する日なのか、お供えの意味や具体的なルールについて詳しくご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。
毎年変わる日付を確認して、ご自宅でおいなりさんを食べたり、近くの稲荷神社へお散歩がてらお参りに行ってみるだけでも、立派な初午の過ごし方です。
今回のポイントをもう一度振り返ってみましょう。
- 初午は稲荷神が降り立った記念日であり、春の訪れとともに五穀豊穣と商売繁盛を願う大切な日。
- お供えの定番はいなり寿司や油揚げ。関東の俵型、関西の三角型、栃木のしもつかれなど、地域によって豊かな食文化がある。
- 家庭では神棚をきれいに掃除し、米・塩・水・お神酒と一緒に、油揚げやいなり寿司をお皿に載せてお供えをする。
- お供え物は「直会（なおらい）」として、家族みんなで美味しくいただくことでご利益を授かる。
作法やルールを知ることは大切ですが、あまり難しく考えすぎて形式にとらわれる必要はありません。
「今年も春が来たな」「美味しいご飯が食べられて幸せだな」と、季節の巡りと日々の恵みに感謝する気持ちで手を合わせることが、何よりのお供えになるはずです。この記事が、皆さんの初午をより豊かに過ごすためのヒントになれば嬉しいです。
